« 働く場所を完全に禁煙とした | メイン | 貧困の文化 »

日本における火薬

1543年、種子島に漂着したポルトガル人が、 東南アジアで改良された、今日マラッカ式火縄銃と呼ばれる形式の鉄砲と共に、日本に火薬を伝えた。

当時の火薬は黒色火薬であるが、原料の硝石(硝酸カリウム)は湿潤気候の日本国内では天然に産出しないため、南蛮貿易で硝石を輸入し、火薬を製造していた。

当時の日本は高い鉄の精錬技術と鍛鉄技術を有しており、鉄砲製造は急速に普及し、大量生産が行われた。 1575年の長篠の戦いでは、織田信長が大量の鉄砲を用いることで武田勝頼に大勝している(この頃、武器として銃を大量に所持していた国は日本だった) 。中国地方の口伝では門徒の間で蓬(ヨモギ)の根に尿をかけたものを一定の温度で保存することにより、ヨモギ特有の根球細菌のはたらきで硝酸が生成されることを発見したという。馬の尿とヨモギでそれは量産(当時にしては)された。これらは当時の軍事機密であったので厳重に守秘されて一般に広まることはなかったが、本願寺派に供給された火薬の主体であったようである。信長が驚いた本願寺の鉄砲の数は、実は弾薬の量に支配されるものであり、安価な硝酸がそれを支えたのである。
学生時代
丘の上
愚か者
幸せの青い鳥
桜並木
若い娘の就職あっせん
勝手に御当地
心美の三日坊主
星の大地
雪こんこんSEOコラム
大貴の汚名返上
天王寺かぶちゃんのブログ
奈良の大仏さん
美咲のお花大好き
北斗の拳
愉快家族
遥斗のスポーツライフ
遼のかわいいペット
心が自由奔放
あたらしいおうち

江戸時代に入り鎖国がなされると、国内で硝石を供給せざるを得なくなる。軍事用の火薬使用は激減したが、狩猟用として鉄砲が農山村に普及したため、一定の火薬の需要が存在したのである。汲み取り便所の壁から床下の土中に染み出した窒素に富む糞尿などから生じたアンモニアに亜硝酸細菌と硝酸細菌が作用するため、古い民家の床下の土壌には硝酸カリウムが蓄積している。

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://www.nrfkej.net/blog/mt-tb.cgi/712

About

2009年11月13日 04:57に投稿されたエントリーのページです。

ひとつ前の投稿は「働く場所を完全に禁煙とした」です。

次の投稿は「貧困の文化」です。

他にも多くのエントリーがあります。メインページアーカイブページも見てください。

Powered by
Movable Type 3.35