「おふくろ」
「よし子」と、義妹に云った。「ますじに、酒を飲ませてやってくれ。あんまり飲むと毒じゃから、徳利に一つだけわかしてやってくれ。」義妹は竈の下を燃しつけて、戦争前に近所の人が除隊記念にくれた銚子を鍋のなかに立てて燗をした。盃も同じく除隊記念にもらった土産物で、聯体旗と海軍旗を交差させた図が書いてある。ぎらぎら光る水金で第四十一聯隊という文字など書いてある。この家では古い徳利や猪口などはどこかに蔵っていて、法事のときにも来客のときにも決して使おうとしないのだ。私は三本や四本の酒では酔えないが、お袋は私が銚子の酒を半分ぐらいまで飲むと意見するような口をきいた。「ますじ。そうそう酒を飲むと毒じゃがな。人が見ても、みっともないし、酒飲みは酒で身を誤るというての。」それで私は一本だけで止そうとしたが、母はそれで満足するのではない。「お前は酒が飲めるというのに、一つだけで止めることはあるまいが。飲めるのに、無理せんでもよかろうに。飲めるんじゃもの、もう一つだけなら飲んでもよかろうが。よし子、もう一つ酒をわかしてやってくれ。」もう飲む気がしなかったが、せっかく義妹がわかしたので飲んでいると、お袋はまた酒を飲むと毒じゃと云った。それで私が二本目で止そうとすると、お前は飲めるのに止すことはあるまいと云った。結局、三本、四本と飲んで行き、飲めば飲むほど地味すぎる気分に陥込むことになって行く。お袋は酒のみの倅に酒を飲ませたいが、酒なんか、見るのも嫌な義妹に遠慮して余計なことを云ったのだろう。
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